はじめに

アップルからiPadが発売されたことにより、日本の電子書籍の市場は大きな注目を集めている。
今後、プラットフォームと課金制度の成熟により新聞や雑誌等のコンテンツは電子に置き換わることが予測されるし、ライトノベルや漫画などの暇つぶし的コンテンツは既に携帯電話で大きなマーケットを築きあげている。小説・実用書に関しても、そのラインアップが豊富になれば本屋に足を運ぶ回数は減ることであろう。
このように、今後書籍にとって電子化は不可避であるのではないか。
中小規模の印刷会社において、直接書籍やコンテンツを販売している会社は少数であると考えられる。書籍に係わる場合であっても出版社に依頼され印刷物を製造する業務を請け負っているに過ぎないのでないか。この場合、電子化によって完全にその業務を失う可能性もある。
カタログやパンフレット、会社案内等の企業においてのツールも電子化されることも予想できるので、書籍印刷に限らずその危機は迫っていると考えた方がよい。
馬車が自動車に置き換わり、さらに電気自動車に置き換わる未来が予想されるように、レコードからCD、そしてデジタルに移行した音楽コンテンツのように、活版印刷の発明から長い間その機能の本質が変わらなかった印刷がいよいよ変革の時に突入するのではないかと思う。
iPadは黒船か

メディア等で昨今の坂本龍馬ブームに乗って、iPadの発売を「黒船襲来」と揶揄されているが、まちがいなくその通りであろう。
江戸末期、頑なに鎖国を守っていた日本にペリー提督率いる艦隊が浦賀に来航し、結果として日本は鎖国を解き、明治維新、西洋化という日本の歴史の中でも大きな転換を迎えることになる。
同様にiPadの登場がきっかけになって日本の印刷業・出版業に大きな変革をもたらすのであれば、まちがいなくそれは「黒船」であろう。
歴史を紐解くと、「黒船」がもたらした西洋化や近代化を受け入れて利用した側が、歴史の主導権を握ることになる。もっともそれら倒幕側は一度戦って痛い目を味わい受容したわけだが。
日本の印刷業界は戦って痛い目に会う前に印刷・出版界の「黒船」がもたらすものを受け入れるべきなのではないか。
iPad登場まで(モバイル端末としての視点)

日本の携帯電話はガラパゴス携帯(通称ガラケー)と呼ばれ世界から嘲笑されているそうだ。孤島という環境だったからこそ独自の生態系を育んだガラパゴス諸島のように、日本の携帯電話はimodeやワンセグ、Felica、赤外線等の日本独自の仕様の拡充により世界互換を失ってしまい孤立を余儀なくされてしまった。
海外の携帯電話端末(特にスマートフォン)の日本ローカライズ版は随時リリースされていたが、どれも成功を収めたとは言い難かった。
そして2008年にiPhone 3Gが国内で発売されるとその直感的な操作性と豊富なアプリ群により、若者や都市部を中心に評判を上げた。
2009年のiPhone 3GSの発売や後のキャンペーンによる購入料金の手軽さによってその人気はさらに加速し国内のスマートフォンにおいて大きなシェアを納めたことは記憶に新しい。
そして各キャリアもiPhoneの成功によりスマートフォン市場を無視できなくなり、対抗すべくgoogleが開発するオープンプラットフォームのAndroid(アンドロイド)を導入し端末とサービスを提供する動きになっている。
ノートPCの世界では新興メーカーが廉価の「ネットブック」という小型PCを発売し、低迷していたPC業界に起爆剤を投入した形であり、国内のPCメーカーもそれに追随する動きを見せている。OS的にもWindowsだけでなく今後googleより提供されるクラウドコンピューティングを核としたgoogleのモバイル用OSのChorome(クローム)も注目を集めている。
iPad登場まで(電子書籍の場合)

日本においての専用デバイスによる電子書籍も同様にガラパゴス化しており、2004年くらいから大手メーカー数社より動きがあったが、多くが失敗に終わっている。
米国においてはAmazonが2007年より専用端末Kindleのサービスを開始しており、電子ペーパーの採用により可読性と使用時間を向上を実現した。また3G回線により電子書籍をダウンロードやE-mail等が可能だがその通信料金は全てAmazonが負担をするというシステムである。米国ではその料金体系(ベストセラーの本で10$程度)やラインアップにより、電子書籍リーダーのスタンダードの位置を獲得しており、2009年のクリスマス時期にはKindleから購入された電子書籍の売り上げが、実書籍のそれを上回ったとニュースになったのは記憶に新しい。
日本でもKindle展開の噂は絶えないが現時点では実現されていない。
日本においての電子書籍普及、海外からの進入が困難である要因は次のようなことが挙げられる。
日本語の表現は縦組みやルビ、禁則など独自のものが多く海外のフォーマットでは対応しきれないため日本語の電子書籍化が進んでいないことが考えられる。
日本においても成功した電子書籍の例もある。
「辞書」である。
紙の辞書に比べその携帯性や検索性が優位であるのは明白である。
しかし、辞書が他の書籍と違うのはその機能が「読む」ではなく「調べる」ことであり、純粋に電子書籍という枠ではなく「電子辞書」という新たな枠を作ったと言える。
また近年では携帯電話によるいわゆる携帯小説や漫画の配信が成功した例と言われている。しかしこれもその内容がBL、GL関連やアダルト関連と言われ、若者を中心としたマニアック層やアンダーグラウンド層をキャッチした結果と言え、一般層にリーチできるものではないと言える。
Web上での電子書籍は古くはPDFが挙げられ、その制作も容易であるために、電子文書フォーマットのスタンダードと言える。(ISO 32000-1)しかしながらリーダーソフトが必要であることや、データの容量、インターフェイスや機能の拡充を求めて、Flashベースの電子書籍ソリューションが数多く提案された。
めくれるようなページチェンジのギミック等により、「PDFでは味気ないけど、カタログ等をWebに掲載したい」という企業の需要にマッチして2008年くらいからその需要が多くなってき、APSによるサービスの提供なども開始され、現在は盛り上がりの時期である。しかしそれらFlashベースの電子文書は見た目や動きは凝っているが、文書としての価値は薄く、構造化されている文章ではなく、再流用も困難である。あくまでもWeb用にパッケージ化したソリューションであり、今後AdobeがIndesignやAcrobat等のアプリケーションが同様の機能を実装することでそれらの価値が一気に消滅する可能性も否めない。
iPadによってなにが変わるか?
特徴としてiPadの購買層がiPhoneよりも高い年齢に受けているという調査もあるようで、決してアーリーアダプターだけが飛びついたわけではないのがおもしろい。
何ができるかよく分からない「大きなiPhoneのようなもの」は直感的に操作方法でき、画面も大きく、高齢者からも評判が良いようで「パソコンは難しいけどiPadはできる」という意見も珍しくない。
また、Kindle等の電子書籍専用のデバイスは「本を読む」とインターネット機能程度の実装であったが、iPadは複合的なデバイスであり、アプリ等をインストールすることにより使用方法は限りなく広がる。
そのような既存のモバイル複合的なデバイスはPC(ネットブック)であったが、起動まで時間や連続起動時間、課金方法等に問題があった。その今までの「たすきに長し帯に短し」であった「電子書籍リーダー・タブレットPC」の市場に抜群の完成度で飛び込んできたのがiPadである。
Amazonの国内参入、Androidの進出やソニーも参入も表明していることから今後この分野が盛り上がり、結果本をそのような端末でみることが普通になっていくことも予想でき、iPadにって印刷・出版的には電子書籍が一般的になるという変革が起きる可能性がある。
私自身この1ヶ月程度iPadと電子書籍を試してみて実感したことも記したいと思う。
電子書籍は読みにくいと言われるがどうだろうか?私自身iPadで電子書籍を何冊か読んだが、「おもしろい」本はストレス無く読めたが、「つまらない」本は読むのが非常に苦痛だった。結局は本の読みやすさは当然クリエイティビリティに委ねられるのではないか。
また、本屋に行かずに買えるのは便利さを感じているし、雑誌等はラインナップも充実している。価格も安いし、「暇つぶし」で読む本は電子書籍で十分だと感じた。
社内書類等、プリントアウトしないでPDFにしてiPadに転送するだけでずいぶんエコになっている。そもそも今までプリントしなくてもいい書類までプリントしていたのではと思った。
外回りの際、配布しないカタログや作品集などを電子化して顧客に見せることによって、注目度はもちろん、鞄も軽くなった。
欠点ももちろんあるが、ライフスタイルやワークフローが一つのデバイスによって多少なりとも変化するということをぜひ実感して欲しい。
iPadにおける電子書籍の現在(フォーマット等について)
iPadにおいての電子書籍のフォーマットやパッケージングの方法はすでに多様化しており、見る側、作る側も混乱しているのが現状ではないだろうか。
大きく分類すると下図のようになる。

単体アプリ系
iPadの単体アプリとしてパッケージングしてappstoreで販売される。
制作にはiPadSDKが必要であり、Appleに対する開発者登録と専門的なプログラミング知識が必要な場合がある。一冊の書籍から流通させることが出来るので、極端な話個人が発行することも可能。
非アプリ系
リーダー及び流通媒体(ストア)機能を備えたアプリとして提供され、アプリ上で書籍を購入・ダウンロードすることができる。(appstoreを介さずに書籍を購入)もしくはPCから電子書籍をインストールする。
米国ではAppleのiBooksサービスがその主流であるが日本での展開は未定である。日本では各電子書籍メーカーがサービスを展開しておりフォーマットなども統一されていない。
フォーマット等が非公開されていない場合が多く、大手代理店や出版社等の優良のコンテンツを保有するベンダーがユーザーの囲い込みを行うにはベターな手法である。
代表的な非アプリ系プラットフォーム
マガストア(ヤッパ)
理想書店(ボイジャー、T-Time)
ビューン(雑誌の月額制、ソフトバンク)
yahoo
楽天
renta(パピレス)
上記のようなサービスが行われているが、インターフェイスや本棚やメモ、しおり等の機能が共通化されているわけではない。それに前述のアプリ系の電子書籍もありユーザーは混乱している。Apple本家のiBooksのサービスが日本で開始される時が本当の電子書籍元年になるかもしれないし、各国内電子書籍のベンダーはそれまでに国内での確固たる位置を築こうと凌ぎを削るだろう。
文字重視のフォーマット−iBooksで採用されたepub等
国内でも展開が待たれるiBooksだが、そのフォーマットはepubというフォーマットである。米国ではメジャーかつ注目のフォーマットであり、AmazonのKindleをはじめ各電子書籍リーダーがこのフォーマットによる展開を行っている。
実はepubは特殊なフォーマットではなくxhtmlとcss、それに付随するイメージファイルをzipとしてパッケージングしたのがその正体である。文字サイズの可変など、ユーザーによるカスタムが可能で、レイアウトも閲覧する環境に委ねられる部分も大きく、文章中心の書籍には最適だが雑誌等のレイアウトが複雑な書籍には向いていない。また縦書きやルビなどの日本独自の表現も今のところは実装されていない。
制作ツールとしてはAdobe Indesgn CS5でその書き出し機能が強化されたものの不十分な部分はある。epubのリーダーも豊富な訳ではなく、誰もが配信を行えるまではもう少し時間がかかると言われている。しかしながら国内でも将来的に注目のフォーマットであり、その技術を習得することは印刷会社にとっても大切なことであると考える。
レイアウト重視のフォーマット
epub等のフォーマットはユーザビリティや文書としての価値は高いものの、デザインやレイアウトの表現力は低く雑誌等の書籍を展開するには不向きである。また、それらがレアイアウトされたDTPデータを簡単に流用できなくコーディング等が必要な場合もある。それに対してレイアウト重視のフォーマットは雑誌等の印刷用のDTPデータを元にPDFやラスター化された画像をもとに制作される場合が多く、印刷物の副産物として扱うこともできる。
印刷会社としてはなにをやるべきか(商材としての電子書籍)
印刷会社が電子書籍に取り組むといっても、中小の印刷会社の大多数は優良かつ多数のコンテンツを保持していないと思われる。出版社を顧客に持つ印刷会社は出版社と組んで制作部分を請け負うのも一つの手ではある。ではそのように出版や出版会社と縁が薄い印刷会社は電子書籍に取り組まなくてもいいのか?
印刷会社は出版系の印刷物に限らず、印刷物の大半、特に後に捨ててしまうような用途の印刷物は遅かれ早かれデジタルに取って代わられる可能性を認識しておいてほうがいい。
その受け皿は電子書籍だけでなく、ホームページやデジタルサイネージ、メルマガ、携帯電話用コンテンツ、SNS、Twitter等、既に印刷から移行したメディアも多い。
印刷物を制作することは、コンテンツを預かり加工して製品にすることなので、印刷会社はワークフロー的にはデジタルメディアと親和性は高いと考えられ、対応したサービスを提供することは効果的であると考える。
顧客にデジタルメディアのニーズがあるなら貪欲に応え、ニーズがないようであれば提案をする。そのことで多様化する顧客のニーズをキャッチし、結果印刷物の受注が増加することも考えられる。
しかし、あくまでもデジタルメディアが本質ではなく、顧客のニーズと利益を考えるのが本質であることを忘れてはいけない。
おわりに
黒船iPadにより日本の印刷業界は変革を求められている。
今まで「結局は紙のほうが便利」と思っていた人もiPadのように徹底して考え抜かれたデバイスを手にしたとき「印刷よりも電子のほうが便利なこともある」と実感することもあるであろう。
人は便利であると「感じた」ことに対しては絶対に元には戻れない。しかもiPadは高齢者の受けも良くデジタルデバイドを簡単に消し去ることもできる。「PCが使えない層には印刷物が必要だ」という印刷会社の身勝手な推測も通用しなくなるだろう。
繰り返しになるが、今後デジタルでも事足りる印刷物は無くなっていく可能性が高いと言えるのではないか。黒船がきっかけとなり明治維新が起き、文明開化が起きる。そして人々は刀を捨てた。現在日本刀は工芸品として残るのみである。
印刷も同様ではないか。
工芸品とまでは言わないが、デジタルでは表現できないことを表現しなければその存在意義はないのではないか?
また、文明開化によって刀はなくなったが、洋服屋、靴屋、洋食屋等々庶民目線でも新たに生まれたことの方が遙かに多いのではないだろうか。
電子化が進むにつれ人々の需要は多様化してくる。そこに紙にインクを乗せるという「手法」としての印刷屋として殻を破って、顧客の利益のための「機能」を提供することを第一に考え、その多様化する需要全てに応えていけばいいのではないかと考える。
西洋文化を受容できなかった側が明治維新以降残っていけなかったように、今後iPadから始まる電子書籍維新による変化を受け入れる事が出来なければ、印刷会社も残っていくことはできないのではないか。